ふれんすぶるがーの在外商館

大学院でドイツ語学を専攻しています。記事は低地ドイツ語を中心に、言語について書いていきます。また、ヨーロッパ旅行で撮り溜めた写真も掲載していきます。

自己紹介

 

はじめまして。

こちら、ふれんすぶるがーの在外商館です。

 

在外商館? そう、在外商館です。

 

唐突ですが、中世北ヨーロッパの経済圏を支配していた利益共同体ハンザはKontor(在外商館)と呼ばれる支店を各地に設置していました。

主人に命じられ、故郷の都市からわざわざ出向いてきた商人たちはそこで落合い、情報収集や主人に宛てた書簡の作成に励んだわけです。

 

このブログでは普段Twitterで呟いているふれんすぶるがーの「在外商館」として、皆さんに情報を提供していきたいと考えています。

 

主なテーマは大学院で研究している低地ドイツ語(のちに解説記事を投稿します)になりますが、言語全般やハンザに関する記事も書いていく予定です。

また、ヨーロッパ旅行で撮り溜めた写真も掲載していきます。

 

名前の由来

 「ふれんすぶるがー」という名前はドイツ最北端に位置するフレンスブルク (Flensburg) に由来しています。

一人旅で何となくハンブルクから日帰りで訪れたのですが、不思議な魅力に惹かれ、名前を頂戴しました。

 

フレンスブルクは19世紀半ばまでデンマーク領でしたが、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン戦争と普墺戦争の結果プロイセン領となった都市です。

第一次世界大戦後、民族自決のスローガンのもと独丁国境画定のため行われた住民投票では北シュレスヴィヒがデンマークに返還されることが決まりましたが、フレンスブルクを含む南シュレスヴィヒはドイツ領に留まることになりました。

『ドイツ北方紀行』(松永美穂, NTT出版, 1997年)によれば、ヴァイマール共和国第二代大統領のヒンデンブルクはこれに感謝の意を表し、フレンスブルクに新たな駅を贈呈しました。

旧駅は現在「ドイツ・ハウス」„Deutsches Haus”の名称で文化会館として利用されているようです。

その後国境が変動することはありませんでしたが、現在でもデンマーク語を母語とする人々は社会集団を形成しています。

 

最後に、フレンスブルク近郊のグリュックスブルク城 (Schloss Glücksburg) をご紹介します。

 この城は『地球の歩き方』にも掲載されていますが、南ドイツのノウシュヴァンシュタイン城 (Schloss Neuschwanstein) ほどの知名度はないように思われます。

ですが、その権威は相当なもので現在のデンマーク王家とノルウェー王家は城主であるグリュックスブルク家の出身です。

Wikipediaによれば、一族からはギリシャ国王も出ているようです。

 

では、今回はここまでといたします。

読んでいただきありがとうございました。

 

改めて、これから宜しくお願いいたします。

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グリュックスブルク城(撮影:2017年8月20日