ふれんすぶるがーの在外商館

大学院でドイツ語学を専攻しています。記事は低地ドイツ語を中心に、言語について書いていきます。また、ヨーロッパ旅行で撮り溜めた写真も掲載していきます。

【ガリヴァー旅行記】ガリヴァーは語学の天才だった。

こんにちは。
ふれんすぶるがーの在外商館です。

突然ですが皆さん,『ガリヴァー旅行記』という本はご存知でしょうか。
子どもの頃に読んだことがあったり,名前だけでも聞いたことのある方は多いことでしょう。
私は原作の第一篇「リリパット渡航記」にあたる小人の国の物語を小学生くらいの時に読んだことがあり,今回初めてスウィフト(Jonathan Swift, 1667-1745)の書いた原作(『ガリヴァー旅行記』岩波文庫, 平井正穂訳, 1980)を読んでみました。

この本がただの小説ではなく,当時の社会を反映した風刺小説であったというのも驚きでしたが,私としては主人公のガリヴァーに備わっている驚異的な語学能力の方に目がいってしまいました。

そこで,語学好きの皆さんにもこの驚きを共有したく,本記事では『ガリヴァー旅行記』に登場する“現実世界の言語”,そして彼が旅先で出会った“未知の言語”に関する描写をご紹介します。(以下,引用は全て上述の岩波文庫から行なっています。)

現実世界の言語

そこで私の方から多少とも聞きかじっていた言語という言語を使って彼らに話しかけてみた。といっても要するに、高地ドイツ語、低地ドイツ語、ラテン語、フランス語、スペイン語、イタリア語、それにいわゆる混成語で話したのだが、どれもこれも相手に通じなかった。(27-28頁) 

リリパット国の皇帝,聖職者,法律家を相手に7言語を披露。“オランダ語”ではなく,“低地ドイツ語”が含まれているのが興味深く,私個人としては嬉しい驚きであった。原文では“Low Dutch”とあるので,ただ一括りにされているだけかもしれないが。ここでいう「混成語」(=Lingua Franca)は地中海沿岸で用いられていたものを指しているようである。

 

やがてそのうちの一人が、明晰で丁寧で滑らかな言葉で何やら話しかけてきたが、音声だけからいうとイタリア語に似ていた。そこで、こちらからもイタリア語で答えてみた。せめて、相手の耳に爽やかにその音調が響いてくれることを願ったからに他ならなかった。(218頁) 

空飛ぶ島,ラピュータ上陸前の出来事。予想通り,この名称は宮崎駿のアニメーション映画「天空の城ラピュタ」の由来となっているそう。イタリア語に対するイメージは昔から変わっていないようだ。

 

われわれは、アレキサンダー大帝をこの部屋に招き入れた。私は彼のギリシア語が分りにくくてほとほと閉口したが、考えてみれば、私自身のギリシア語の素養が誠に貧弱なものであったことも関係していたようである。(270頁)

魔法使いの島,グラブダブドリップでの出来事。死者を呼び出す術を使う族長のおかげで,かの有名な大帝とご対面。毒殺ではなく,酒を飲みすぎて熱病にかかったのが本当の死因らしい。ガリヴァーはこのあと丸一日をこの術に当て,古代から近世にかけての偉人という偉人を族長に呼び出させまくっている。この後,当たり前のようにカエサルとブルートゥスと話しているが,リリパット国でも披露しているように,ギリシア語よりはラテン語の方が喋れたのだろうか。

 

私は以前オランダに長いこと住んでおり、ライデンで研究を続けたこともあるので、オランダ語は自由に喋ることができた。(302頁)

日本の長崎(ナンガサク)からアムステルダムへの航海の途中,オランダ人船員と。並外れた交渉力で踏み絵は免除された。なお,実在する国が作中で旅先として挙げられているのは,日本のみである。ヨーロッパ諸国の中で唯一オランダだけが日本との関係を持っていたという事で,ガリヴァーが国に帰る手段として登場させられている感じは否めない。

 

聞いていて、彼らの言葉が感情を十分に表現できること、一語一語が中国語以上にたやすくアルファベットに分解できること、などを私ははっきり看取した。(315-316頁)

フウイヌム語に対する第一印象。フウイヌム国は理性を持つ馬(=「彼ら」)が支配するユートピアガリヴァーは中国語を喋ることができるとは断言していないが,その音的特徴を引き合いに出しているということは多少の知識は持っているのだろうか。

 

彼らの喋り方は、鼻と喉を使って発音するといったやり方である。彼らの言葉は、ヨーロッパの言語の中で、私の知っている限りでは、高地ドイツ語に一番近いが、実際にはもっと優雅で表現力に富んでいる。(327頁)

「彼ら」とは,フウイヌム(=馬)のこと。ここでもまた,ドイツ語は馬の言葉であると馬鹿にされている。むしろ,馬の言葉の方が優雅であるともガリヴァーは言っている。この後には,チャールズ2世の“馬に話しかける時にはドイツ語を話す”という言葉に対する賛同を示す文言が続くが,私のようなドイツ語好きはこの程度ではへこたれない。なお,神聖ローマ皇帝カール5世もドイツ語は馬への言葉という言葉を残しており,時代的にはこちらの方が古い。

 

一人の水夫が、さ、起つんだ、一体お前は何者なんだ、とポルトガル語で言った。ポルトガル語なら私にも達者に喋れるので、早速起ち上がって、私はフウイヌムたちの所から追放された哀れなヤフーだ、すぐ立ち去るからこの場はそっとしておいてもらいたい、と頼んだ。(407-408頁)

ここまでくると,もはやどの言語を喋れても驚きはしない。ヤフーは理性のないこと以外はヒトと変わらない,フウイヌム国で最も憎まれている生き物。なお,検索エンジンで有名なYahoo!は“Yet Another Hierarchical Officious Oracle”の略称とされているが,創業者2人によれば『ガリヴァー旅行記』のヤフーが由来になっているらしい。 

 

未知の言語

およそ三週間もたつと、私の語学の勉強も大変進歩し、この国の言葉が喋れるようになった。(31頁)

リリパット国にて,6人の学者から言語を学ぶ。大学書林もびっくりの“リリパット語三週間”。

 

彼女はまた私に言葉を教えてくれた先生でもあった。私が手で何かを指さすと、自分たちの言葉ですぐ言ってくれるというわけで、数日のうちには、私は、欲しいものは何でも自由に口に出して言えるようになった。(123-124頁)

巨人の治めるブロブディンナグ国にて。「彼女」とは,ガリヴァーの世話をしてくれる心優しい少女のこと。それにしても数日で,それも口頭だけで単語を覚えてしまうとは,恐ろしや。

 

こうやって、二、三日もたつと、こんな時にはいつも非常に身をたすけてくれる生来の記憶力のおかげで、彼らの言葉が多少どんなものか見当がついた。(223頁)

イタリア語に響きが似ているというラピュータ語を,国語教師からの授業も通して習得。ガリヴァーは紙の片方にラピュータ語を,もう片方には英語の対応語を書き,それらをアルファベット順に並べて覚えるという学習法をとっている。記憶力はどの学習においても助けになるだろうが,単語を対照させて覚えるという方法も古典的なだけあって,やはり有効なのか。暗記という作業に対する忍耐力も彼には備わっているのだろう。

 

十週間くらいたつと、主人の質問の意味は大抵分るようになったし、三ヵ月もたつとどうにか答えられるようにもなった。(328頁)
こういった事が何かと幸いして、私の語学は見る見るうちに上達して、ここへ来て五ヵ月も経った頃には、聞く方は殆ど何でも分り、喋る方もかなり旨く喋れるようになった。(329頁)

作中で最も詳細に言語習得の描写がされているのが,フウイヌム語に関してである。ガリヴァーの学習法はこうである。まず,周りにあるものを指して名前を尋ねる。のちに,ラピュータ語と同様に,それをローマ字に直して英訳をつけ,日記帳に書き留める。そして,アクセントはネイティブスピーカーに繰り返し発音してもらうことで身につける。第一印象が中国語のような言語で,かつ発音を何回も聞いて習得するということは,フウイヌム語は声調言語なのだろうか。